【BACKWOODS】 宮島秀樹

2015.8.28

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ジープやランクル、ジムニーなどのオールドモデルに乗る4×4オーナーには、愛車の修理やメンテナンス、そしてカスタマイズを自ら行う人が多 い。そうしたDIY系4×4オーナーはそもそもメカ好きであることに加え、オールド4×4はリジッドサスやボディー・オン・フレーム構造ゆえ、サスペン ションやボディーを修理・改造しやすいということが、その背景にあると言える。もちろん、オールドモデルゆえ、自分でパーツを確保したり、小まめに補修し たりしてやらなければならないという切実な事情もあるだろう。

 

また、現在のクルマほど電子制御化されていないということも、自分でメンテナンスしやすい大きな要因だと言える。昔のエンジンの燃料供給装置は キャブレターや機械式の噴射ポンプといったものだったし、トラクションコントロールはもちろんABSすら付いていないので、多少メカに明るければ自分でな んとかできる場合も多い。

 

翻って、最近のクルマは4×4に限らず高度に電子制御化が進んでいることはご存じの通り。そんな今ドキの4×4を所有するユーザーは、オールド 4×4では簡単に行える補修やメンテを、自分でやりたくてもできないケースも多い。エンジンオイル交換やタイヤ交換程度の作業でも、専用の解析ツールを 使っていわゆるダイアグコード(故障コード)をリセットしないと、メーターパネル内の警告灯が点灯したままになってしまうようなクルマもある。また、燃焼 系やスタビリティコントロール系など、高度な電子制御システムに何らかのエラーや不具合が起きてしまった場合、修理はおろか、故障内容の判断すらユーザー 自らが行うことは難しい。

 

こうした自動車の高度な電脳化が進んでいる中、日本ではほとんど話題になっていないが、欧米では自動車修理に関する大きなムーブメントが起こっていることはご存じだろうか?

 

それは、「Right to Repair」と呼ばれる、文字通り「修理する権利」を求める運動である。

 

このRight to Repairはまず欧州で始まった。そもそもEU(欧州連合)は、競争法(独禁法)を制定し、EU域内の自由競争を促進することを原則としている。しか し、自動車や海運、保険など、過度な競争が安全性や環境などに大きく関わる製品やサービスについては、一括適用除外(Block Exemption)という規定が定められ、自動車についてはテリトリー外での販売制限やマルチブランド販売の制限、リコール時の純正部品使用義務付けな ど、メーカーやディーラーにある程度の免除権利が与えられてきた。

 

その中のひとつに、車両の修理に必要な技術情報が規定されており、知的財産権の範囲内にあるものは公開しなくてもよいとされていたのだ。ご存じ のように、エンジンやトランスミッションなどの制御フロー、故障診断のエラーコードなどといった情報はメーカー独自にソフトウェア化されている場合が多 く、ノウハウの塊とも言えるものだ。メーカー側はこれを知的財産として、いわゆる個人経営の独立系自動車修理店や個人ユーザーに対して公開することを拒む ことができたのだ。

 

この一括適用除外規定に対し、「知的財産権の濫用である」として声を上げたのが、EU域内の自動車修理店やアフターパーツの業界団体、 FIA(国際自動車連盟)などで、「Right to Repairキャンペーン」として、メーカーやEU法を規定するEC(欧州委員会)に対して、「自由に修理する権利」を求めたのだ。

 

この運動のおかげもあって、一括適用除外規定は2002年と2010年に改訂されており、その度にメーカーに対し、ダイアグコードなど自動車の 修理やメンテナンスに必要なすべてのサービス情報や技術情報を、アフターマーケット業界およびユーザーに向けてより積極的に公開するように求め、また解析 ツールなどの販売も行うように定めている。ちなみにこれらの改訂では、自動車のテリトリー外での販売やマルチブランド販売も可能となっている。

 

DIYの国、愛車のメンテナンス・修理は自宅ガレージで自ら行うことが当たり前というイメージのアメリカにおいても、この「Right to Repair」運動は起きている。

 

現在の独占禁止法の起源ともされるシャーマン法とクレイトン法をいち早く成立させるなど自由競争を重視してきたアメリカだが、欧州メーカー同 様、ビッグ3も、知的財産権やソフトウェア変更ためのコストを理由に、自動車のサービス情報や技術情報をアフターマーケット業界およびユーザーに提供する ことに難色を示してきた。

 

そんな状況に対して、オートゾーンなどの自動車パーツ販売店やジフィールーブなどのメンテナンス専門店などは、10年に以上にわたってロビー活 動を行い、メーカーにダイアグコードや解析ツールの提供を訴えてきた。そして、2012年9月、マサチューセッツ州において「Right to Repair法」が成立し、全米で話題となった。この法律は、マサチューセッツ州の自動車オーナーや独立系修理業者の誰もが、自由にクルマのメンテナンス や修理ができるようにしなくてはならないという内容で、各自動車メーカーに対してダイアグコードや修理データなどの情報公開を義務付けるものだ。

 

同様の法案は全米各州で議論されており、昨年1月のオートモーティブニュースは、自動車メーカーの団体とユーザーや修理業者がRight to Repair法を全米規模の法律とすることで合意した報道している。同紙によれば、すべての自動車メーカーは、2018年までに、ダイアグコードや修理 データを簡単にアクセスできる共通のフォーマットでユーザーや修理業者に提供することになるだろうとしている。

 

さて、日本ではどうかというと、ユーザーからも修理業者やカスタムショップなどからも、欧米のようなアクションは起きていないようだ。知り合い の自動車修理工場やカーセキュリティーショップ、オーディオインストーラー、自動車部品量販店のオーナーやスタッフに聞いても、そうした「修理する権利」 の獲得に対して、各業界ともに今のところ積極的に動いていないようである。

 

とはいえ、実は既に国土交通省が「汎用スキャンツール普及検討会」を開いており、2011年にその報告書がまとめられている。汎用スキャンツー ルとは、各メーカーに対応する解析ツールのことで、報告書には、中小の独立系自動車修理工場への普及とそれを使いこなす技術を持った整備士の育成、解析 ツールの低価格化、新技術・情報への対応などが提言されている。

 

 ただし、この普及検討会は自動車整備士を主な対象としており、欧米のように個人ユーザーのことは考慮されていない。もちろん、これは自動車整 備士資格制度があるからなのだが、いずれにせよハイテク満載の今ドキの4×4に関しては、昔のジープやランクル同様に、オーナー自らがコツコツとメンテナ ンスやカスタマイズを楽しみながら末永く乗り続けるのは日本では難しいことになるのかも知れない。それは昔ながらの四駆乗りにとって、かなり寂しいことで あるまいか。