【4x4MAGAZINE 44周年企画】ジムニー界の礎を築き、今なお牽引する 〜オフロードサービスタニグチ

2021.11.4

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老舗タニグチのバトンは、若き2代目へ

来年3月、創業40周年を迎える「オフロードサービスタニグチ」。四駆業界という概念すらなかった時代から、ここ姫路市でジムニーのパーツを世に送り出してきた。そして、いつの時代も最前線に立つ、四駆そしてジムニー業界発展の立役者であることは言うまでもない。
つねに時代をリードしてきた同社の代表に、今年4月谷口 武氏が就任。創業40周年を迎えるタニグチの歴史を振り返るとともに、若きリーダーの展望をお聞きする。

 

「ジムニーで稲穂を集める、風変わりな男がいる!」

自宅の片隅でオフロードレースへ出場せんがために、パーツやバギー造りを行うかたわら、秋には愛車のジムニーを田んぼへ入れ、苅った稲穂を集めていたという谷口守史氏(現.会長/以下、守史氏)。“風変わりな男”として、地元で話題になっていたのはこの頃のことだった。
 
守史氏が選手として参加するために行っていたバギーのパーツ造りは、やがて近隣の4×4クラブからの依頼も受けるようになり、四駆(ジムニー)ショップとして創業したのは、1982年3月20日のこと(会社設立は1987年4月9日)。四駆ショップ兼コーヒーショップとして門出を迎えることとなったが、このコーヒーショップは嫁入り間もない奥さんの担当だったとか。
 
二人三脚での船出となった翌1983年、オフロードサービスタニグチ初のオリジナルパーツとしてジムニーSJ30用「サイドステップ」を世に送り出す。ジムニーがモデルチェンジを行うたびに、この商品もモデルチェンジを続け、ジムニーがJB64 & 74の時代になった今でも、タニグチの定番商品として人気を博している。
 
そんな「サイドステップ」は、靴に付着した泥や雪を車内に持ち込まないようにとメッシュタイプを採用するが、工場から納品された商品に、守史氏みずからヤスリをかけ、バリを取って出荷していた。これは、小さな子どもが触れたときに、万一にも、幼子の手に傷を追わせないがため。そんな心遣いを持って「サイドステップ」を世に送り出し、パーツメーカーとしての一歩を踏み出すこととなった。

 

「後席にもゆとりを!」 この一念が、大ヒット商品を生む

90年代に入り、ジムニーJA11が時代の主流になると、窮屈そうに後席へ座る子どもや奥さん、友人の姿が、守史氏の眼から離れぬものとなった。
 
「ゆとりあるスペースを生み出すことは出来ないものか」。
 
この一念は、やがて「リアシートスライド」をリリースすることとなる。窮屈な後席に辟易していたユーザーが多かったこともあって、大ヒット商品へ。さらに、オフロード志向のジムニーユーザーが多かったこの時代、ハイリフトジャッキに対応した「オフロードバンパー(スチール製)」も人気を博すと、パーツメーカーとして、さらなるステップを踏むこととなった。
 
“窮屈” “オフロードでの利便性” いずれも、当時のジムニーユーザーにとっては切実だったに違いない。この「あったらいいな!」を製品化する姿勢は、メーカーとしてのタニグチの根幹をなすものであることは、今も変わりない。
 
ところで、四駆=(イコール)クロカン車という時代に、「カッコいいのでは!」との発想だけで、ローダウンジムニー(幌車)を創ってしまったんだとか。ローダウン四駆が流行ったのは、2,000年に入ってからのこと。この時代にあっては、まさに先駆けともいえる。失敗をも恐れぬ旺盛なチャレンジ精神は、一時代を築くこととなる人たちに共通するマインドであったように思えてならない。

 

タニグチサスペンションの確立、そしてジムニーのタニグチを不動のものへ

時代は移り、ジムニーJB23の登場は、タニグチのサスペンションを確立させることとなった。
 
“解決する” がブランドネーミングの由来となった「SOLVE コイルサスペンション」をリリースすると、コイルとショックアブソーバーとのバランスを図りながらそのノウハウを蓄積、そしてバネレートやコイル形状etc.をつねにアップロード。後年、JB23用コイルの名作「SOLVE LOBコイル」を発表すると、高次元にバランスされたオン・オフの走破性の高さから、ジムニーJB23コイルの代表格として、多くのジムニーオーナーたちの心を魅了することとなった。
 
一方、JB23の時代でありながら、JA11用「無双懸架リーフ」をリリースすると、進化したリーフスプリングは一世を風靡。サスペンションのタニグチを不動のものとさせた。
 
脚まわりの話しに終始してしまったが、JB23用「薄型FRPバンパー」も大ヒットを果たす。JB23のボディー形状にマッチしたデザインは、JB23のバンパー “かくありき!” とスタンダードなフォルムとなった。
 
しかし、そんな最中 “ジムニーのタニグチ” として育て上げた守史氏は、病に倒れてしまう…。

 

新生タニグチの誕生。一大事業は、スタッフとともに

大学では、体育会系探検部に所属していた谷口 武氏(2021年4月9日代表取締役就任/以下、武氏)は、卒業後、岐阜県でアウトドアインストラクターの職に就いていた。しかし、守史氏が病床に伏ししばらくした2015年3月、オフロードサービスタニグチへ入ることとなる。
 
取締役に就任して迎えた2018年7月、ジムニーは20年ぶりのフルモデルチェンジを果たす。当然ながら、現場を取りまとめるのは、武氏だ。
 
「今、あの頃(フルモデルチェンジ)を思うと、タニグチの定番商品を造ることだけに追われていました。そして、リリースするからには、タニグチの伝統とブランドを守らなくてはならない。ひとつ世に送り出したら、次の製品…。達成感というものを感じることはなかったですね(苦笑)」と、武氏はあの頃を振り返る。
 
そんな武氏も、次々と新製品を世に送り出していくと、表情にもゆとりと自信が現れるようになった。代表に就いて如何ですかとの問いに「父が一線を退きながらも、オフロードサービスタニグチの名に相応しい製品をリリースし続けることが出来るのは、いつも当社スタッフが、僕の隣に居てくれたからなんです。モノづくりの発想、品質そしてタニグチらしさ…。あらゆる面で支えてくれるスタッフには、感謝でしかありません」。
 
アラフォーとはいえ、まだ30代という谷口 武代表。優しさの中に芯の強さが宿る武氏を見ていると、50代の私の眼には、頼もしさしか映らない。
(文章:水島 仁/写真:佐久間 清人)

 

 

氷の大地と化した間宮海峡を横断「ARK-1 MAMIYA」号

「ARK-1 MAMIYA」と名付けられた電気自動車で「氷に閉ざされた間宮海峡横断」を果たした谷口守史代表(当時)。Jimny JA11をベースに丸みを帯びたデザインは、実に愛らしい。
当時のことは、4x4MAGAZINE本誌でも記事化させて頂いたが、本誌でも執筆をお願いしたアイアンバール鈴木氏からの冒険への誘いが、守史氏のチャレンジ精神に灯をともすこととなった。
この冒険を成功させた「ARK-1 MAMIYA」号は、オートサロン2005にも出展。コンセプトカー部門優秀賞を受賞した。セダンやミニバン業界からの出展が全盛だった時代に、オフロードサービスタニグチが単身で、毎年オートサロンに出展されていたことは、筆者も鮮明に覚えている。

 

最初は、コーヒーショップを併設するジムニーショップだった

自作でバギーを造りオフロードレースに参加していた守史氏(写真①②)は、バギーのパーツを自作。すでに開発者としての片鱗を垣間見せていたが、やがて地元の4×4クラブからモノ作りやカスタマイズの依頼を受けるようになり、1982年3月オフロードサービスタニグチとして創業することを決意する。
四駆ショップにコーヒーショップを併設し開業(写真③④)、この地に湧く良味の井戸水が好評で、四駆乗りのみならず地元の方々にも好評だったとか。
最下段(写真⑤)のSJ30用「サイドステップ」は、オフロードサービスタニグチとして初めて世に送り出した商品。靴底に着いた泥や雪を車内に持ち込まないようメッシュタイプにするも、子どもの小さな手に傷を負わせてはならぬと、工場から届いたサイドステップに、守史氏みずからヤスリがけを行い出荷を行っていた。ちなみに最初の購入者は北海道在住の方で、今もなお、その時のことは鮮明に覚えていると言う。
後席に座ることの多い子どもやお母さん、仲間が窮屈だから…と開発したJA11用「リアシートスライド」(写真⑥)は、大ヒット商品となった。これを機に、パーツメーカーとしてさらなる飛躍を遂げることとなる。

 

やってみたいことが、沢山あるんです!

大学時代、体育会系探検部に所属していた谷口 武代表は、ラフティングの日本代表として世界大会にも出場した経歴の持ち主。
「ジムニーライフをより深いものとするためのアクティビティーとして、キャンプやカヌー、ウィンタースポーツetc.これまでの経験を活かした提案を行っていきたいですね」と武氏は抱負を語る。
そして、ジムニーのパーツ開発には「今、スチール製バンパーをはじめ、トランスファーカバーやラダー等の開発も行っています。今後のタニグチにも、ご期待下さい」と、ジムニーフリークには楽しみな情報も頂いた。

 

お会いできる日を楽しみにしています

JAFEA西日本支部恒例「道の駅みき」で開催されたイベントでのひとこま。
私もまた、谷口守史氏には、昼に夜に大変お世話になったひとりなのだが、笑顔と広い心に迎えられ、いつも安心と元気を持たせてもらったことは、今も鮮明に覚えている。「年に一度お会いできるイベントを、楽しみにしています」。(写真:前列左)が谷口夫人、そして守史会長(前列中央)。

 

オフロードサービスタニグチ公式サイト

https://www.ors-taniguchi.co.jp/